……? …
         〜789女子高生シリーズ

         *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
          789女子高生設定をお借りしました。
 


      



 あまりに唐突に勃発した“女子高生略取”事件は、連れ去られたのが、彼らには身内にも等しい大切な存在であったがゆえ、殊更に深刻な事態として受け止められており。偶然にも、七郎次が強引に拉致された現場へ居合わせた五郎兵衛が、警察関係者でもある勘兵衛へと速やかに連絡を取り、顔を揃えたところで、その折に不審に思ったことを皆へと告げたのだが。その要項の中、七郎次がこの時刻に通用口へ現れることを前以て知っていたかのように、襲撃者らがそれは迅速に行動した点を訊いた途端に、久蔵がその白い顔を曇らせ、息を引いた後、

 『シチは、俺の代わりに連れて行かれたのかも。』

 それは悩ましげに眉をひそめつつ、そんな一言を口にした。

 「…そういえば、剣道部からの注文はなかったのだし。」

 五郎兵衛が引き取りに来た飯台は、来賓用にと発注された和菓子に用いた、蓋つきの平たいものが十数台だったのだが。初日の学園祭の実行委員会からのものと、翌日と翌々日、茶道部その他の、やはり接客用にと依頼されたもの。剣道部の出し物は、柔道部や剣道部、弓道部などという武道系統の部が、合同でグラウンドへ青空カフェを開くというものへの参加であり。扱う品目は、クレープにポップコーン、焼きそばやお好み焼きに、うどん・そばといった屋台ものオンリーで。和菓子をつけたお茶のセットというメニューは、用意されてなかったはずだ。だが、それを言うなら、

 「コーラス部が…って。」

 こちらはもっと演目が違う。確か講堂での斉唱が何曲か、初日や最終日にご披露しただけのはずだがと、ひなげしさんこと平八が、片側の目だけ見開いての小首を傾げれば、

 「特別な客があったのだ。」

 彼女へと小さくかぶりを振った久蔵が続けて言うには、

 「全国大会で初優勝したときのメンバーだった人たちが。」

 今年はそれから何周年目かという記念の年だったそうで、皆で集まりましょうという企画が立っていたのだそうな。そのご婦人らへの接待にと、五郎兵衛へお茶受けの和菓子を注文。配達に使われた飯台を戻しにと、通用口へ向かいかけてた久蔵だったが、途中、下級生らに呼び止められた。

 『あ、三木先輩。あのあの、ピアノの鍵をご存知ないですか?』

 掃除が終わって さてと、帰る前の点検中、彼女らの部室でもある第2音楽室の、ピアノの蓋に鍵がかかってないことに気がついたお当番の下級生。あれあれ、どこに置いたっけ。困ったな、覚えていない。鍵盤を磨くのでと、開けたままにしてもらったのよね。担当なさってる人ならば、いつもの置き場所を教えてくださるかもしれない…と、それで久蔵を探していたらしい一年生。不手際を叱られないかしらとドキドキしているのか、胸元へ堅く握った拳を当てていたのが何だか痛々しくて。

 『…。』

 とはいえ、こちらも日々の習慣で 定位置へ鍵を置いた身。出窓のところの、鉢植えの隙間の…レースが束ねられてる中の、えっとえっと、どう言えばいいのかなと一瞬 戸惑ってから、判った私も戻ると、きびすを返しかかった久蔵へ。蓋つきの飯台で両手が塞がっていた彼女から“それを貸して”と声を掛けたのが、

 「シチさんだったのか。」
 「……。(頷)」

 どうせこの後、一緒に帰るのだし、取りに来るゴロさんには、先日もらったカボチャのスィーツのレシピのお礼も言いたいしと。すぐに戻れるなら通用口へ来ればいい、という含みを込めてそうと言い。聖女様のようににこりと微笑った七郎次だったのが思い出されたか、

 「〜〜〜〜〜。」
 「そこで泣きそうなお顔にならないの。」

 縁起でもありませんと、日頃は強気な彼女へ宥めるようなお声を掛ける平八もまた、困ったようなお顔は、つつけばすぐにも泣き出しそうに見えて。そして、

 「…そうか。」

 そのまま運べば久蔵が立っていたはずの場所だったから、自分の代わりに連れ去られたんじゃあ…と思ったらしい紅バラさんであり。だが、もしもそうだとして、

 「そっちならそっちで、
  相手は久蔵の行動を知っていたことにならぬか?」

 無論、誰でもよかったという線も捨てがたいがと付け足して。ジャケットの懐ろから携帯電話を取り出しつつ、そうと告げた勘兵衛がちらりと視線を投げたのへ、五郎兵衛が頷いて車を出す。佐伯刑事がどこまで探査・追跡出来たものか、連絡して来たらしくって。

 「…儂だ。ああ。………国道○○線を北西へ。
  そこからは…。ん? ああ、判った。マップを転送してくれ。」

 話の途中から発進した車の揺れも何のそのと、最初は助手席へと座を占めていた平八が、後部座席へと席を移って来たそのまま、小さめの手を伸べて見せたのへ。勘兵衛も抵抗なく通話を終えた携帯を手渡せば。手際よく広げていたノートパソコンへ、USBケーブルにて携帯を接続し、即座に届いたメールを取り込む作業に入る。あっと言う間に液晶画面へと呼び出されたのは、近隣地域から都心へ向かう方面を表す地図だったが、主要な経路のみが太線で示されてあった上を、点滅しつつ動いている赤い丸が表示されており、

 「……この移動している赤い点はもしかして。」

 経路上に幾つか灯された、通過点を表す大きな丸とも別なようであり。先程触れた“Nシステム”で拾えたデータをつないだ先の、言ってみりゃ“予想経路”ということだろか?と。その程度の感触で訊いた平八だったが、

 「ああ、どうやら該当車そのものであるらしい。」

 勘兵衛からの応対はもっと先ゆく深いそれであり。だがだが、

 「そのものって…じゃあ 佐伯さんたら、もう相手へ追いついていると?」

 通勤通学ラッシュとは無関係の、お昼前という時間帯であることや、都内ほど渋滞もなかろうし、入り組んだ道もなかろう此処いらだとはいえ。その都心から出て来て さあと、相手の逃走経路を追っている彼だろに。それが追いついてるなんて、どこまでカスタマイズされた覆面パトにお乗りですかと、言外にそんな想いを含ませての声を出した平八だったのへ、

 「そこが、奴にも不審ではあるらしいのだがな…。」

 勘兵衛もまた、違和感を覚えているものか。あごへと蓄えたおひげを大きな手で撫でつつ、七郎次の身を案じてのただただ沈痛だったお顔とは微妙に異なる、怪訝そうなお顔になっており。というのも、

 「征樹からの報告によると、
  経路から推定される延長ルート上を、
  この信号を発して走行中の何かがあるらしいというのだ。」

 「はい?」
 「???」

 それって一体、どういうことでしょか?と、平八や久蔵までもが怪訝そうなお顔になるのも無理はない。都心の警視庁からこの素早さで駆けつけた勘兵衛も、そしてそんな彼に代わって情報探査を受け持っているのだろ佐伯刑事も、今のところはまだ、正式に捜査班を立ち上げてという活動じゃあない。よって、恐らくは“極秘”に着手しておいでの彼らゆえ、正規の手順じゃあない方法でシステムへアクセスしてから、情報を絞り、探査作業に手をつけ、データを拾い上げた末、今やっと発進したという、こちらと大差ない段階においでの筈。

  だというに、

 此処だよ此処と、選りにも選って該当車自身が旗を振っているかのような、そうとしか思えぬ信号が拾えているとの報告もあったらしく。

 「…罠、でしょうか。」
 「撹乱を狙って、か?」

 だがそれは 追っ手ありきというのが前提とならんか? でもでも、これがまだ シチさんがこっそり発信状態にした携帯からの電波だってのならともかくも。

 「……そうか、お主らならそういう機転がまずは働くのだの。」
 「誰へでもお勧めの心得じゃあないですが。」

 すかさず応じた平八の傍ら、久蔵もうんうんと頷いており。だって要領悪くごそごそしていちゃあ、そこで気づかれて やばいやばいと取り上げられてしまいます。なので、移動を終えて監禁段階になってから、余裕が出来てからやった方がいい場合もありましょうし、何なら途中で発信状態にして道へ落とすという手もある…と。今時のサバイバルの一端を口にした彼女だったものの、

 「今までの周到さから言って、
  きっとシチさんの携帯は取り上げられているでしょね。」

 それか、シチさん自身が意識を失わされているかも知れぬ、と。そこまではさすがに口に出来なかった平八だったが、今の時点でも十分危険な状況にある彼女には違いないせいだろう。

 「………。」

 冴えた端正さがビスクドールを思わせる美貌をのせた、久蔵の白いお顔の表情はますます曇り、そして、

 「……。」
 「判りましたから、手首のそれを確かめないように。」

 腕時計にしては利き腕に仕込んでいるらしき何かしら。今世では右利きらしい彼女が、その右袖の下へ左手を入れ、何かへ触れたのへは、勘兵衛も微妙な視線をちらと向けただけにしておいたが、


  …十中八九、彼女の得物の、
  特殊警棒か、特殊アンテナペンでしょうねぇ。





      ◇◇◇


 そんな皆様が、今現在ご無事かどうかへキリキリしつつ心配をしておいでの当事者は、依然として、逃走車両だったボックスカーの後部座席へ押し込まれたままでおり。とはいえ、意識を失ってもいなければ、何かを聞き出そうという脅しも受けてはおらず。今のところは、一味も逃げることに集中しているものか、構い立てされていない分、お怪我もないままで。

 “工具や私物とか、
  何にも乗せてないってことは、レンタカーなのかな。”

 こっそりと車内を観察しておいでなほど、気丈さにも遜色はなくの意気軒高、何とかご無事な模様だ。一味から直接構いだてされてないのは、冗談抜きに彼女にも幸いなことであり。何の抵抗もせずに捕らわれていたようなと五郎兵衛が感じたのも無理はない。

 『おい、本当にこの子で間違いないんだろうな?』
 『ここまでのお嬢様学校だぞ。
  そうそう何人も、キンキラキンの頭した生徒がいるかよ。』
 『そりゃあそうかも知れないが。』

 髪を染めるという行為、特に校則で禁じられている訳ではないけれど、規律が甘いというのではなく、わざわざ禁じなくとも誰もやらかさないからに他ならない。ご実家関わりの大きな集まり、華々しいレセプションなどへの出席のためにと、そういう装いをなさる場合もあるかも知れぬが。今はいいウィッグもあることだしと、せっかく手入れのいい濡れ羽色の黒髪を、徒に傷めるような真似はあんまりなさらないのが基本だから。こちらにお通いのお嬢様がたは、血縁に外国の方がおいでという血統のお人以外、それはきれいな黒髪の方々が大多数を占めており。

 『金髪で、コーラス部。』

 役割分担も決まっていたのだろう、車から降り立って こっちへ真っ直ぐ向かって来たクチの、略取担当らしい二人が交わしていた、そんな手短なやり取りを聞いてしまった七郎次が思ったのは、

 “この人たち、久蔵殿が目当てなんだ。”

 確かに、自分が代わってやらなかったならば、此処には今頃、久蔵が立っていたはずで。そうまで綿密な行動計画を立てるには、校内にも密通者がいるってことよねと思いはしたが、今の今はそれよりも、

 “自分は違うと言っても聞いてもらえるかどうか。
  それに……。”

 人違いだと気づいたら気づいたで、此処では手を引いたとしても、あらためて…久蔵へと的を絞り、掻っ攫いに来るに違いない。学園祭の後始末なんていう、こんな喧噪のどさくさ紛れにやって来たのだって。逃走に時間こそ稼げるかもしれないが、その分、何処にいるやらな標的への情報がたんといるのだ。楚々としている登下校や時間厳守な授業中という平生とは段違いに急襲しにくかったはずで。

 “よほどに日が限られている犯行なのかなぁ。”

 久蔵といや、自分たちには大親友でも、まだまだか弱い女子高生にすぎないのにねと。そんな定規をついつい“まずは”と持って来てしまうけれど。あの三木コンツェルンの主家筋の、今のところはたった一人の後継者だし。バレエの世界でも、次の世代を背負って立つとまで言われておいでの、注目株の超新星。どちらの関係者にも、敵とか あるいは立場に目をつけて威嚇して来そうな存在は、

 “悲しいかな、幾らでも居そうな気がするのよねぇ。”

 そんなこんなと思ううち、すぐ傍らの人物が動く気配を見せたので、慌てて俯くとガムテープでの拘束をされた手で目隠しを元通りにずり降ろす。今は逃亡に集中しているからか、それとも、顔さえ見られなきゃよかれということか。攫ったからには生かして返すワケにはいかんという、殺気立っての物騒な空気がないのもまた、身代金目当ての誘拐とは思い難いと感じた点。誘拐された人物が子供でないほど、犯人の特徴を証言されて後々で捕まる恐れは大きいため、悲しいことながら、営利誘拐の場合の人質の身の安全というのは、かなりの率で年齢に反比例すると言え。

 “まま、必ずしもそうと言い切れないけれど。”

 切羽詰まっての素人の犯行の場合、逮捕されるなんて先のことまで考えてない場合も多いので。交渉途中で人質の声を聞かせろなんて言われかねないしとか、無個性に振る舞えば大丈夫とか考えてのこと、殺人までは構えていないもの。それに、此処まで周到に運んだ誘拐なのなら、人質も最後まで有効に使うことを構えているものじゃあなかろうか。

 “本当に誘拐なんてしなくとも。”

 何なら…友達の名で本人を呼び出して、何処かで引き留めておき、その間に“娘は預かった”と親御に連絡する手もなくはない。映画館なら携帯の電源は切るだろうし、そういう場所じゃなくても、電波が通じなくなるジャミングを掛ければ、確認連絡は取れなくなるし…。

 “…って、アタシもヘイさんからの影響を受け過ぎですかねぇ。”

 後部席と言っても、彼女がいるのは最後尾の座席を倒した荷台部分。引きずり込まれたおり、後部座席の背もたれは倒されていて、もう1つ奥のこちらに待ち構えていたもう一人に引き上げられて、此処へと乗せられたそのまま、手際よく手首をくくられると、あっと言う間にすいすいと目隠しをされてしまい、

 『いいな? 余計な手を焼かせるんじゃねぇ。
  あんただって、親にも殴られたことないお綺麗な顔を、
  痛いビンタで腫らしたかねぇだろう?』

 恐ろしい凄みや強さはなかったけれど、よく通るお声で びしりと言い聞かされたものだから。これは逆らっちゃあなんねぇぞと、いかにも怯えておりますと装いつつ、うんうんと何度も頷いたものの、

 『携帯は取り上げたか?』

 前の席からの確認を取るようなお声へ、ついつい“やば…”と肩がすくんだ。だって これもまた平八から聞いていたこと、これがあれば、電源が入っておれば、現在位置だって割り出せる優れものツールであり。しかもしかも、

 “中を見られたら…。”

 自分が久蔵ではないことが一目瞭然。一応はロックを掛けちゃあいるが、彼女に関してを少なからず調べた相手なら、待ち受けに使っている写メにも通じているかも知れぬ。

 “確か、今は…くうちゃんの写メだったはずだもんね。”

 それに、こんな簡単なロックくらい、あっさり解いてしまえる相手だったら? そんなこんなへドキドキし、知らず知らずにながらも身を縮めてしまっておれば、

 『いや。持ってないみたいだ。』

 ろくに調べもしないまま、そんな応じを返した声がし。

 『カバンにでも残して来たんじゃね?』
 『今時の女子高生だぜ?』
 『資産家の、な?』

 俺らの常識は通じないって。しかも あんな女学園だぜ? 学校じゃあ使うなって校則が、冗談抜きに厳しいのかも知れねぇし…と。そんな返事をした声は、だがだが、さっき自分を脅したのと同じもの。

 “???”

 先程手首をくくられた折、ちょっとだけ、手が伸びては来たものの。それは制服に触れもしていないほどの素振り止まりの仕草で。七郎次にしてみれば、横たえるのに支えただけとしか思えなかったくらいの触れようだった。

 “あれれぇ?”

 これってどういうことかなぁ。もしかして一致団結してないとか、この人だけは乗り気じゃないとか。……いやいや、そんな甘い予測をして気が緩んでちゃあいけない。案外と、そうやって味方だと思わせといて、切羽詰まったときのため、奥の手とかどんでん返しを用意している相手かも…などなどと。これまた、推理小説からの影響ともとれそうな、そんなこんなをグルグルと、一見、大人しくも胸の内にて展開しておいでだった白百合様で。そして………。

 「………。」

 一瞬 ハッとして、だが、彼らのやり取りへ こわばった身をちょっとだけ緩めつつ。それでも緊張は解かぬまま、お顔の輪郭は堅いままという彼女を見やり。間近に見張り役として配置されてた、まだ若いらしい男衆。感慨深いお顔をし、ブロンズシートを張られた窓の外へと視線を投げた……のだが。そんな彼の足元では、シートの下にて小さな装置が稼働中の合図、チカチカと小さなランプを点滅させ続けていたのであった。






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  *まだまだ続くぞ、誘拐大作戦。
   (あ、こんな言い方だと犯人側の応援に聞こえるのかな?)


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